恋は死なない。
「今日の昼間は、突然飛び出して行ってしまって、失礼しました」
会話の窓が開かれて、佳音はホッとする。本当ならば、大変な思いをしている和寿に対して、自分の方から気遣う言葉をかけてあげるべきだった。
「…いいえ、あんなに急いで戻らなければならないなんて、重大なことが起こってしまったんですね?」
「まあ、そうです。取引先とのことで不手際があって……。その対応に追われました……」
“不手際の対応”、ひと言でそう言っているが、多分言葉では言い尽くせないほど大変なのだろう。
けれども、和寿はその大変さはおくびにも出さず、肩をすくめて、目をくるりとさせた。
「それで、もう大丈夫なんですか?」
「ええ、なんとかなりました。何人もの部下を抱えて仕事をしていると、こんなことはよくあります」
佳音が心配してかけた言葉に、和寿は“にっこり”と笑ってみせる。
和寿のこの笑顔は、会社という組織の中でかたち作られたものなのだろうか…。
にこやかだけれど感情を隠した笑顔を見て、佳音の胸にチクンと小さな痛みが走った。
会社というものについては、佳音にとって全く未知の領域だ。話の相手ができるとは思えなかったが、それでも、会社の中にいる和寿について、知りたくなった。