恋は死なない。



「古川さんは、責任のあるお立場なんですね。お若いのに部下もいるなんて」


佳音からそう言われて、和寿は苦笑いする。


「分不相応だとは、自分でも思ってます。与えられた仕事を一生懸命やってきただけなんですが…」


「それじゃ、古川さんは優秀なんですね。会社に入ったら誰でも与えられた場所で、仕事は一生懸命やるものだと思いますから」


佳音のこの言葉に、和寿は意表を突かれたように目を丸くした。

どうやら佳音は、この狭い工房の中に閉じこもってばかりいても、現実を見極められる能力を持っているようだ。

白い肌に映える大きく澄んだ瞳から注がれる眼差しはとても深くて、見つめられると和寿は、すべてを見透かされているような気持ちにさえなった。


和寿の表情の上の苦笑が消えていき、真面目な顔で佳音と向き直る。


「……入社してまだ2年目のことです。僕が提案した企画を副社長が目に留めてくれて、大抜擢を受けました。それから5年の間に一足飛びに昇進して、今は経営企画室の室長補佐をしています」


和寿がそんなふうに身の上を話してくれて、佳音は少し嬉しくなる。和寿について、自分の知らないパーツの一つひとつを埋めていくことは、佳音の数少ない楽しみのひとつだった。


けれども、その話の中で少し気になることがあった。本当はそのことについては知りたくないのに、佳音は思わず聞いてしまう。



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