恋は死なない。
……会わない方がいいと思うけれど、心のどこかではまた和寿に会いたいと思っている。
こんな矛盾を抱えて、いっそう佳音の思考は和寿のことでいっぱいになる。佳音の目にはもう、雨の中の川も街の風景も映っていなかった。
唇を噛みながら、傘の持ち手に力を込めて息苦しさを締め出そうとした時、雨が落ちる向こう、佳音の工房があるアパートの出入口にたたずむ人物が目に入ってきた。
その人物はスーツ姿ではなく普段着を着ていたけれども、確かめなくても和寿だと、佳音にはすぐに分かった。
和寿は、佳音が帰ってきたことに気がついて、ニコリと笑顔を向けてくれる。
「工房は留守でしたけど、しばらく待ってたら帰ってくると思っていました」
そう言って迎え入れてくれるような和寿の手には、今日も紙袋に入れられた小さな箱が携えられていた。会釈をして傘をたたむ佳音に、和寿が付け足す。
「今日も、ケーキ持って来てみました」
一緒に階段を上りながら、佳音が和寿を見上げると、和寿はかげりのない笑顔を返してくれる。この前とは打って変わって弾んだようなその雰囲気に、佳音は少し面食らってしまった。
まるで同棲している恋人同士のように、連れだって工房の中へ入ると、和寿は逸る気持ちをもう抑えられないらしい。