冴えない彼は私の許婚
お屋敷に入ると年配の男性に迎えられた。

「恭之助様、お久しぶりでございます」

「茂(しげ)さん、元気だった?妙子さんも元気?」

「はい、今お部屋の用意をしております」

「急に悪かったね?」

「何をおっしゃいますか?私はとても嬉しゅうございます」

そこへ二階から年配の女性が降りて来た。

「坊ちゃまー」彼女はよっぽど嬉しいのか恭之助さんに抱きついて喜んでいる。

「妙子さん元気そうだね?」

「えーえー元気ですとも、坊ちゃまもご立派になられて」

「妙子さん坊ちゃまはやめてよ?」と恭之助さんは苦笑する。

「そうですね?こんなにご立派になられたのに坊ちゃまは失礼ですね??あら?ひょっとしてこちらのお嬢様は碧海ちゃん?」

「そうだよ、碧海ちゃんだよ!」と恭之助さんが私を紹介する。

「まぁまぁお綺麗になられて」私にも優しい眼差しを向けてくれる。

「碧海ちゃんが居らっしゃるなら志津絵さんにオムライスを作って貰えるように電話しましょうか?」

「いや、寄って食べて来たよ」

志津絵さん?オムライス…

「あっ志津絵さんのオムライスだ!」

私はここに遊びに来ていた時大人が食べるような料理が嫌で『いらない!オムライスが食べたい』と駄々をこねた。
すると女性のシェフが旗を立てたオムライスを作って持って来てくれた。
それがとっても美味しくて毎日食べたいと言ってそのシェフに作って貰った。
そう、あの時のシェフ志津絵さんのオムライスだ。

「あぁあの時のオムライスだよ?」と恭之助さんが教えてくれる。

「じゃあの時のおじさんとおばさん?」

「はい、お久しぶりでございます。碧海様」と年配の男性が微笑む。

夕食までゆっくりして下さいと言われ部屋に案内され恭之助さんと部屋に入ると、二人っきりになった。
恭之助さんは私を抱き寄せると優しいキスが落ちてきた。
そして私の前髪を上げると額にキスをする。

「碧海、覚えているか?この傷」

私の額には傷がある。
その傷を隠す為にいつも前髪は下ろしている。
着物を着る時も前髪を上げた事はない。

「確か高い所から落ちた時だったと思う…」

「あのブランコからだよ」

そうだあのブランコから落ちたのだ。
恭之助お兄ちゃんが立って乗っているのを真似したくて『碧海はまだ無理だよ?』と言うのを聞かずにブランコに立ったとたん落ちたのだ。

「本当にお転婆だったよな?」と恭之助さんは苦笑いをする。

「額からたくさん血が出てさ…俺、マジで焦った。茂さんに病院まで連れて行ってもらって頭に包帯を巻いて帰ってきた時、碧海、言ったんだぞ?『傷があるとお嫁さんにいけないの?』ってな…だから『お嫁さんにいけなかったら僕のお嫁さんにしてあげる』って俺が言ったんだよ」

そうだ処置室から出てきて病院の待合室で茂さんに『傷があるとお嫁さんに行けなくなっちゃいますよ?気を付けて下さい』と言われた。
茂さんはお転婆の私を諭すために言ったのだが、私は凄く落ち込んだ。
傷が残ったら恭之助お兄ちゃんのお嫁さんになれないのかと…

「傷があるから嫁に行けないだろ?俺が嫁さんに貰ってやるよ」と恭之助さんは右口角を上げ笑う。

「うん、お嫁さんに貰って下さい!」と言い恭之助さんの首に腕を回しキスをする。

「碧海、そんなに可愛い事するなよ?抑えられなくなるだろ?」

「え?」と首を傾げる。

恭之助さんはふっと小さく笑うと「参ったなぁ」と言う。

「そんな可愛い顔するから他の部署の男達から狙われてるんだぞ?口説かれてたろ?」

「狙われてる?口説かれた?」と首を傾げ。

他の部署の人達に試作品を使ってくれないかと声を掛けられたけど、それはモニターって事で、口説かれた事はない。

「あぁ気が付いてないのが碧海らしいけどな?クラブに行くって聞いてどんなに心配していたか…」

「心配してくれていたの?」

「あぁクラブでは変な男に付いて行かないように木ノ下に頼んでたよ」

「えっ?木ノ下君?」

「あいつ俺の大学時代の友達の弟なんだ、だから本当の俺も知ってる。碧海の事を好きな事も」

「えっー!?」

確かにクラブで男の人に声掛けられている時も割り込んできた事が何度もあった。

「これからは他の男に色目は使うなよ?」

「色目なんて使ってないもん…」と私は口を尖らせて言う。

「これからは俺だけを見てろよ?」

「…」

返事をしようとしたら恭之助さんの唇で塞がれ何も言えなかった。
恭之助さんはポケットから小さな青い箱を取り出し開けて見せてくれる。
箱の中には大きなハートシェイプされたブルーダイヤ…

「碧海受け取ってくれるよね?」

あまりの大きなダイヤに驚いて固まっていると私の左手薬指にはめてくれた。

「外しちゃダメだぞ!?碧海は俺のものだからな!」

暫くして扉がノックされると妙子さんが「そろそろ宜しいですか?」と声を掛ける。
恭之助さんは扉を開け「よろしく頼みます」と言って部屋を出ていく。
恭之助さんは何処へ行ったのだろう?

「あの…」

妙子さんに聞こうとしたら、妙子さんは隣の寝室の扉をあけて「こちらへ」と言う。
寝室に入るとベッドの上に大きな箱があり中にはディープブルーの胸元の大きく開いたチュールロングドレス…

「素敵…」思わず声を漏らしていた。

妙子さんは「恭之助様が御用意されたものです。お手伝いさせて頂きますのでお着替えを」と微笑む。

妙子さんに言われ着替えを済ませるとドレッサーの前に座るように言われ座ると妙子さんは「こちらは奥様からです」と青い箱を開けて見せてくれる。
そこにはダイヤのネックレスとイヤリングが入っている。
なんて素晴らしいのだろう…
デザインはアンティークだがなかなか目にする事の出来ない大きなダイヤ…

「こちらは葉瀬家に代々受け継がれている物なんですよ?」

「そんな大切なものを私に…」

「お付けしますね?」と妙子さんが付けてくれる。

「碧海様とても素敵です。恭之助様をお呼びして参りますね?」と言い部屋を出ていくとすぐに扉が開き恭之助さんが入って来た。
恭之助さんは黒のタキシードに着替えていてとても素敵だった。
私は椅子から立ち上がると恭之助さんの方に向く。

「……」

恭之助さんは何も言わずに立っているだけで私は不安になる。

「似合わない?」

恭之助さんは首を横に振り「綺麗だ…碧海綺麗だよ!」と言って側まで来ると抱きしめてる。

「あークソ!このまま碧海を抱きたいよ!でも約束だからな…」と言い体を離す。

「……」

「下で待ってるから降りよう?」

「…そうね?茂さんと妙子さんが食事の用意してくれてるものね?」

恭之助さんの腕を取りゆっくり下の階に降り大広間に入ると大きな拍手で迎えられる。

「えっ?」どうして皆がいるの?

そこには沢山の人が集まっていた。

「おめでとう」「碧海ちゃん綺麗よ」「美男美女の誕生だな」皆がお祝いの言葉を掛けてくれる。

私は何が何だか分からず隣の恭之助さんを見る。

「驚いた?いまから婚約パーティだよ?俺は碧海に結婚を承諾させる自信あったから皆を呼んでおいた。じぃ様と碧海のばぁ様はイギリスだから来てないけど喜んでたよ」

「……」まだ何が起こってるのか分からない…

「お姉様おめでとう。とても綺麗よ」と朱音が花束を渡してくれる。

皆から沢山のお祝いの言葉やプレゼントを貰い、恭之助さんのお母様からは「碧海ちゃん綺麗よ早くウエディングドレス姿も見せてほしいわ」と言ってもらえた。
楽しい時間も終わり皆が帰られるのを見送っていると朱音が側まで来る。

「お姉様は今日ここに泊まるんでしょ?」

「いいえ、帰るわよ着替え持ってきてないもの…」

「朱音ちゃん着替えは持って来てくれたよね?」と恭之助さんの声が掛かる。

え?着替え…

「えぇ持って来てるわよ未来のお兄様の頼みですもの」と微笑む。

「朱音ちゃんも泊まってく?」

「遠慮しますこれから帰ってクラブに行くので」と笑って帰って行く。

「朱音、羽目を筈なさいでよ!?」と言ったけど私の声は朱音の耳に届いたかしら?

「大丈夫だよ、朱音ちゃんもちゃんと分かってるさ」

「うーん、だと良いんだけど…」

今朝の事もあるから心配なんだけど…
それより…

「それより恭之助さん今日ここに泊まるの?」

「ん?何処か違う所が良い?」

私は首を振る。
そうじゃなくて…


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