冴えない彼は私の許婚
鳴り響く携帯電話
明日から土曜日曜と2日間クレラントホテルで葉瀬流生け花展が開催される。
今日は、準備の為恭之助さんは有給休暇を取っている。
今頃恭之助さんは…
ボーとしてると玲美ちゃんが声を掛ける。

「先輩、元気ないですね?やっぱり葉瀬先輩が居ないとテンション上がらないですか?」

「そんな事ないよちょっと寝不足なだけ…ちょっとコーヒー買って来るね」

「コーヒーなら私淹れますよ?」玲美ちゃんが言ってくれたが「いい自販機行ってくる」と開発室を出る。

廊下の突き当りに有る自販機に行くと財布を忘れたことに気づく。

「ハァー何やってるんだ…」

項垂れて左手薬指を見る。
チャリンチャリン自販機にコインを入れる音。

「どうぞ?」

「え?」

横に立っていたのは木ノ下君だった。

「何も持たずに出ていったから、先輩どうかしたんですか?いつもと様子変ですよ?」

「……」

「先輩ブラックでしたよね?」とボタンを押して缶コーヒーを取り出すと「はい!」と渡してくれる。

「有難う」

「葉瀬先輩と何かありました?」

私は無言で首を振る。
昨夜生け花展の準備のためクレラントホテルに泊まると聞いていた私は恭之助さんに差し入れに手作りパンでサンドウィッチを作って持って行った。
だが、ホテルのロビーで恭之助さんが可愛らしい女の人と腕を組んでエレベーターに乗り込むところを見てしまった。
見間違いであって欲しいと恭之助さんの携帯に電話を掛けても出てくれなくて、フロントから部屋に電話を掛けてもらっても出てくれなかった。
いつもなら電話に出れなかったら折り返し電話を掛けてくれるけど、朝まで起きて待っていたけどかかって来なかった。
恭之助さんには私よりあの人のほうがいいのかも知れない。

「僕で良かったら話聞きますよ?」

「…木ノ下君有難う…大丈夫だよ!」

それからはひたすら仕事に打ち込んだ。
終業時間になって玲美ちゃんと木ノ下君に食事に誘われたが午前中出来なかった事をやりたいからと断り残業していた。
終業時間を2時間ほど過ぎた頃開発室の扉が開いて入って来たのは九龍さんだった。

「差咲良まだ居たのか?」

「はい、今日中にやっておきたい事があったので」

「そうか?俺はこれから部長のお供だよ、あまり遅くなるなよ」

「はい。お疲れ様でした」

今日中にやっておきたい事など何も無い。
ただ更衣室に置いてある鞄の中の携帯を見たくないだけ…
恭之助さんからの着信が無かったら…
もし着信があっても掛けなおす事は出来ないと思う。
壁時計を見ると21時を回っていた。

「いい加減帰らないとダメだよね…」と椅子から立ち上がる。

ハァーため息を付いて部屋の電気を消す。
廊下に出ると他の課の人も残業していた人が居たようで「お疲れ様」と声が掛かる

「お疲れ様です」

「これから飲みに行くんだけど差咲良さんも行かない?」

「折角ですけどこの後待ち合わせしてるので…」と白々しく左手を見せる。

「なに婚約者?残念だな…俺、差咲良さん狙ってたんだけどなアハハじゃお疲れ様」

「お疲れ様でした…」

更衣室で帰り支度をして携帯を見るとやっぱり恭之助さんから沢山の着信履歴があった。
そのまま鞄にしまい更衣室をでる。
1階に降りるエレベーターの中でも携帯のバイブが鳴る。
ロビーに出ると玄関前に停まってる車から佐久間が降りて来た。

「あれ差咲良今まで残業か?」

「うん、輝一こそどうしたの?」

「忘れ物を取りに来たとこ、あっ送って行くから待ってろ?」と言って走ってエレベーターに乗って行った。

佐久間は忘れ物をとってすぐに戻って来た。

「これは俺の命の次に大事な物だからな?」と手帳を見せる。

車に乗ると最近のファッションの傾向なんかを話していた。

「なぁさっきから携帯なってるだろ出なくていいのか?」

「う…うん、後から掛けるから…」

「…差咲良腹減ってないか?ラーメン付き合え!」

「ラーメンって女の子誘うのにラーメンは無いでしょう?」

「差咲良ならラーメンで十分だよ!」

佐久間が行きつけだという店に行きラーメンをご馳走になった。
豚の背脂が入ったこってりしたスープ、麺は細麺で固めだった。

「ご馳走様、本当美味しかった!」

「差咲良おまえニンニク入れすぎだろ?葉瀬さんに嫌われるぞ?」

「…そうだね…」

佐久間は笑っているがその通りかもしれない。
あの可愛らしい女の子だったら男の人といる時にニンニクたっぷり入ったラーメンなんて食べないだろうな…

「そろそろ電話出たらどうだ?葉瀬さんだろ?喧嘩でもしたか?」

「…ううん…してない…」

「聞くだけ聞いてやる話してみろ」

私は昨日見た事を佐久間に話した。

「へー葉瀬さん生け花の先生なんだ?想像つかねー」

「恭之助さんの生け花は素敵なのよ」

「素敵な生け花をする人が女遊びね?なかなか葉瀬さんもやるねー何人女が居るんだろうな?」

佐久間が口角を上げて笑って言う。
女遊びだなんて、どうしてそんな言い方するの…
なんでそんなひどい事言うの…

「恭之助さんはそんな人じゃない!そんな言い方しないで!」

「分かってるなら電話でろよ?」

「え?」

「葉瀬さんが差咲良以外の女と付き合うなんて無いよ!同僚と社を出るところを見て追いかけて来るほど差咲良に惚れてるんだ心配するような事は無いよ?早く電話出てやれよ、多分生け花展の準備どころじゃないぞ?」

佐久間はわざと恭之助さんを悪く言ったんだ…
私の気持ちを分からせる為に…
そう恭之助さんは私を裏切ったりしない。
私は、葉瀬流生け花展の席で恭之助さんの婚約者と紹介される事が何処かでひかかっていたのかもしれない。
まだ、私の跡継ぎという事が解決していない事に…
あの女の人ならそんな煩わしい事なく恭之助さんの側に居てあげれるのではと、私が勝手に思い込んでいただけ。
そうよ恭之助さんと話さなくちゃいけない。
私は、カバンから携帯電話を取り出しバイブの鳴り響く電話の通話ボタンを押す。

『もしもし碧海!!やっと繋がった…どうしたんだ?何故電話に出なかった?心配するだろ?今どこだ?どこに居る!?碧海、碧海❢』

恭之助さんの焦ってる大きな声

「よっぽど心配してたんだな?」と佐久間が言う。

『碧海、誰と居るんだ?碧海何とか言え』

恭之助さんはまるで怒鳴るように大きな声で言う。
私が何も言えないで居ると、佐久間が私から携帯電話を取り上げる。

「もしもし葉瀬さん、こんばんわ!佐久間です。今、ホテルですよね?ちなみに葉瀬さん1人ですか?1人ならそっちに差咲良送っていきますけど?もし他に女連れ込んでるなら差咲良の俺の家に連れていきますけど?」

『情報屋、何言ってるんだ!俺が碧海以外の女連れ込む訳無いだろ!?ふざけた事言ってないでさっさと碧海を返せ!』

「今、ホテルの前にいますよ?」と佐久間は笑って言う。

すると直ぐに恭之助さんはホテルの玄関前まで来てくれた。
恭之助さんは息を切らして「碧海」と呼び抱きしめてくれる。

「じゃ俺帰ります。あっその前に言っときますけど、差咲良ラーメンにニンニクたっぷり入れてましたからキスする時覚悟して下さいよ?」と佐久間は大笑いしている。

「情報屋!すまなかったな、有難う」と恭之助さんは佐久間を見送る。










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