冴えない彼は私の許婚
「あー楽しかった」
門の前でタクシーを降り、腕時計を見ると22時55分門限の23時にはギリギリセーフ。
いい歳をして、門限23時は厳しすぎる。
子供じゃないんだから!と、思っても、必ず門限を守る真面目な私なのだ。
玄関に入ると、お手伝いの木理子さんが慌てて迎えに来てくれた。
「お嬢様お帰りなさいませ。
大奥様が起きてお部屋でお待ちです」
「えっ? 起きてるって…」
いつもなら寝てる時間じゃない…
なにかあったのかしら…?
「木理子さん今日お花のお稽古は?」
「はい。 行ってまいりました」とお花を生けた時の携帯の写真を見せてくれる。
「有難う」と言ってお花を受け取り、着替えの為に、自分の部屋へ向かう。
部屋に入ると急いでお着物に着替えて、髪をまとめ上げてからお祖母様の部屋へ向かう。
私の家は日本家屋で、お祖母様の部屋までは長い廊下が続く。
その廊下を通り、お祖母様の部屋の前まで行くと、正座をして部屋の中へと声を掛ける。
「お祖母様、碧海です。」
「どうぞ」
部屋の中からの声を聞いて、襖の取っ手に手を掛け、一気に開けるのではなく10cm程開ける。
そして、敷居から高さが30cmくらいの場所を持ち、ゆっくりと開ける。
一人分入るくらい開いたらところで、一礼して声をかける。
「お祖母様お呼びでしょうか?」
「お入りなさい」
珍しい。こんな遅くに…
なんだろう…
はいと返事をして、座ったまま握りこぶしを床について、立て膝の状態で入室して襖を閉める。
「今日は遅かったのですね?」
「はい、お稽古の帰りにお友達とお食事に行っていたものですから…」
「そうですか? お友達との交流も大切ですが、門限には遅れないようにしなさい。
それからお稽古の方はどうですか?」
「はい、なかなか上達しませんので私には向いていないのかと…」
出来たらここで、なんとかお稽古の事だけでも、無くしておきたい。
「では、向いているか向いてないか、私が見てあげます。今日のお花を生けてみなさい」
「えっ! 今からですか?」
「何か問題でも?」
「いえ…」
マジか…
お祖母様は、私の戸惑いなど知らずとばかりに、木理子さんに花器を準備させた。