『ゆる彼』とワケあり結婚、始まりました。
「久城さんが……セレブだからです……」


溢れ始めた涙を拭って、何とか理由を口にした。

納得できない顔をしてる彼に、もう一度だけ願った。


「婚姻届を返して下さい。あたしは……あなたの妻にはなりません……」



なりません…と言うより、なれません…といった感じだった。
高校卒業後、直ぐに働きだしたあたしには、一流大学をご卒業した人達の世界は分からない。


頭だって良くないし、品位にも欠ける。
知ってる世界と言えば介護のみ。
その狭い世界ですら、あたしはキリキリとしてしか働けず、嫌になって飛び出した。


おばちゃんの面倒を見ることは予期しないものだったけれど、たまたま知識があったから大きな混乱も迷惑も感じずにできた。

このまま彼と暮らしながら、おばあちゃんの面倒を見ることも嫌じゃないな…と思い始めた矢先に知った真実は重い。


「あたしには…久城の家は重過ぎます……。貴方の妻は…あたしでは無理です…。お願いです。婚姻届を返して下さいっ!」





ーーー頭を下げながら思い出してた。

武内と別れたくて、必死で願ったあの日のことを。


いろんな別れ方を経験した。
大抵はひどいフられ方ばかりで、自分からフッたことは一度もなかった。

初めて自分から別れを切り出した男。
それまでで一番最低な別れ方をした。

自分の体を道具にしてまで、彼に別れを求めた。


…でも、この人にはそれをしたくない。


誠心誠意、謝り続けるのみだ……。



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