『ゆる彼』とワケあり結婚、始まりました。
「ごめんなさい…」と頭を下げたまま、彼女の掌は握り締められた。

その手の中に買ってきた土産品を渡して、一緒に生きていって欲しい…と、願うつもりでいたのに。



(また無駄になったか…)



指輪の注文だけは先延ばしていて正解だった。

きちんと彼女の意向を聞いてから選ぼうと思っていた矢先だった。


今ならまだ最悪な状況ではない。

彼女に傾き始めた自分の気持ちを、まだ全開にしてないからーーー。




「……取ってくる」


箸を置いて立ち上がった。
俺の方に目を向けた彼女の頬に涙が伝ってる。

その涙にどんな意味があっても、きっともう一つにはなれないのだろう。

お見合いしたこと自体が間違いで、自分にはついていけない…と彼女が言うのだから。



スタスタ…と歩いて寝室へ向かった。

黒い輪島塗の書類入れの箱の中から取り出した薄い紙切れ。


緊張しながら名前を書いた。

何があっても、隣に署名する人を大事にしよう…と誓った。


亡くなった両親の分も「幸せになりましょう…」と言ってくれた彼女に、どれだけの感謝を感じたか分からない。


(でも、全てが計算間違いだってことか……)


直感だけをアテに商売してきた俺には、ある程度の勘が冴えてると思った。

でも、実際はそんなものはアテにも何もなりはしない。



彼女は物なんかじゃない……。

血の通った意志のある人間なんだーーーー。


< 140 / 249 >

この作品をシェア

pagetop