『ゆる彼』とワケあり結婚、始まりました。
思い出すだけでも身が震える。


答えを渋るあたしに息を吐き、久城さんは咲子さんに顔を向けた。
彼女はクスッと小さな笑い声を立て、額にガーゼとテープを押し当てた。




「……素直になりなさいな」


カタカタ…と道具をしまいながら、咲子さんはぽそりと言った。


「今のまま黙っていては、いつまで経ってもお家へ帰してはもらえませんよ？
剛様は言い出したら聞かない頑固者なんです。きっと貴女の話を聞くまでは、此処から出してももらえません」


静かな笑いが真顔になってる。
その顔に弱り果て、久城さんを振り返った。


「そんなことされては困ります。あたしは明日も仕事なので」


早出ではないけど、午後から夜中近くまで勤務する。

もう何もせずに食べていける立場ではなくなったから、仕事先でどんなに気の重くなる事が待っていてもそこへ行かないといけない。


（何もないことを願って耐え続けていかないと……あたしはもう……久城さんの妻でも婚約者でもないから……）


薄れかけてた思いを再確認した。


もう誰も助けてなんかくれないんだ。


この人もこの場所も、あたしには似つかわしくないーーー。





「……愛理さん？」


甘い声で名前が呼ばれた。

武内が呼んだ時とは違う動悸を感じて、彼の方を見たーーー。



歪んでいく視界の中に伸びてくる手が、あたしの後ろ頭を包む。

擦り寄ってくる体にビクついて、ぎゅっと全身に力が込もった。

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