『ゆる彼』とワケあり結婚、始まりました。
ワケありだけど。
午後12時、あたしは非常口のドアの前で十字を切った。
プロテスタントでもカトリックでもない、完全な仏教徒だけど。


(どうか…武内に言い寄られたり、付きまとわれたりしませんように…)


祈りと言うよりも願いに近い感じ。

仕事柄、全く絡まないワケにもいかない医師との関係。
ケアマネとして仕事をする上では、絶対的な指示が必要になる時がある。


指示を出すのは医者の役目。看護師でも口が出せない領域だーーー。



ゴクッと唾を呑み込んでドアを開けた。

ワーカーシューズのまま帰ったから、足裏の泥を玄関マットの上でしっかり落とす。


今日からここは戦場。

でも、決して泣けない場所だ。




「お疲れ様、甲本さん」


事務所の女性職員から声をかけられた。
あたしの額に貼ってあるガーゼに気付いて、あら…と声を発した。


「その傷どうしたの⁉︎ どっかで切った⁉︎ …あっ、切ったと言えばね。今朝、怖かったのよ〜!」


巴山(はやま)という女性職員はホワイトボードに付いてた血を発見して、ゾッとした…と話した。


「誰かがわざと付けたにしてはおかしい気がして、すぐに拭き取ったんだけど…そのうち誰の血か判明してね…」


ビクッとして彼女の言葉を疑った。
巴山さんは笑いながら、「武内先生のだったのよ…」と言った。


「えっ⁉︎ どういうこと⁉︎ 」


ホワイトボードに頭を打ち付けたのは確かに自分だ。
あたしに突き飛ばされた武内が打つ筈がない。

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