『ゆる彼』とワケあり結婚、始まりました。
「…相変らず可愛くない女だな」
午後10時、業務を終えてフロアで仕事を片付けてる時に武内は来た。
昨日と違って、夜勤者もいるフロアは一人じゃないから平気。
これからは絶対に1人で仕事をしない。
この男に付け入る隙を、そうそう与えたりしないんだ。
ーーそう思っていながらも、胸はやはり恐怖に怯えてる。
この男の口からあの夜のことを言い出されたら、あたしはもう此処には居られない。
仕事を失っても今は困る。
剛さんとは、まだ何も始まってないからーー。
「愛理…」
馴れ馴れしい呼び方をする。
この人に名前なんかで呼ばれたくない。
あたしのことを名前で呼んでいいのは彼だけ。
剛さんだけだーーー。
「…他人の婚約者を呼び捨てにしないで貰いたいな」
聞き覚えのある声に振り向いた。
夜勤職員と一緒にやって来たのは、『ゆる彼』の剛さんだった。
(えっ…どうして此処に…?)
驚きで声も出せない。
あたしは昨夜、彼に仕事先を教えなかった。
家族には口止めもしなかったけど、電話まではをかけてこないだろうと思った。
(でも、待って……)
脳天気そうな母の顔を思い浮かべた。
母なら剛さんが電話をかけてきたとしたら教えるかもしれない。
あたしが家に戻ってきたことを誰よりも一番がっかりしてたからーーー。
無言で彼の顔を見つめた。
和かで意地悪そうに笑った彼は、あたしと武内の間に入った。