『ゆる彼』とワケあり結婚、始まりました。
意を決したような彼女の声は澄んでいた。

静まり返った闇の中に投じられた小石のように、ズキン…と胸が痛んだ。



「差し出がましい気がしますけど、おばあちゃんはこの家で暮らした方が良いように思います。
この家で暮らしてた記憶は、今もおばあちゃんの中に残ってる。
いずれは失ってしまうかもしれないけど、残ってる記憶を大切にして馴染みのある場所での暮らしを継続させた方が良いように思うんです…」


施設でケアマネージャーをしてると言った彼女らしい見解だと思う。
でも、それには余りにもリスクが高い。
段差や階段もある。
ばあちゃんの足腰は丈夫そうに見えても不安定だ。

第一、行動が予測できない。
何をしでかすか分からない。

そんな人を誰が見るんだ。
俺たちは自分のことで手一杯で、何一つ出来はしないのにーーーー。


「…無理だよ。ここは広過ぎて危なっかしい。ばあちゃんと暮らしてくれる人だっていないし……」


咲子さんに頼めるのも俺のマンションにいる間だけ。
それでも疲れ気味な感じの彼女に、これ以上の無理はお願いできない。


随分と幼い頃から世話になった。
それだけで、普通の家政婦なんかよりもよほど有難い存在だ。


「……あたしが一緒に暮らします。おばあちゃんのことなら少しは分かるし、認知症がどんなふうに進んで行くかも見てきてるから……」


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