『ゆる彼』とワケあり結婚、始まりました。
「…今夜なんだけど……」


久城さんの声にオドオドしながら顔を見上げた。
あたしの表情を読み取った彼が、ふ…と笑みを浮かべる。

カッ…と頬が熱くなるのを感じて、どうしても彼を見ていられなくなった。

視線を逸らしてもドキドキは変わらない。心臓は余計に脈打つ。呼吸のしづらい調子でいるあたしの耳に彼の言葉が響いた。



「言いづらいんだけど……今夜は一人で寝てくれる？」


初夜だけどごめん…と謝る彼に目を向けた。

心なしかホッとしている自分に反省しながら、「何故ですか？」と強気に聞いた。


「仕事が立て込んでて…これからまた出かけないといけないんだ。帰りはいつになるか分からないし、約束していてもその通りになるとは限らないから…」


ただのアンティークショップの店員にしては忙しそうな人だな…と思ってはいた。
手広く商売してるせいかな…と思ってみたけど、後からそうじゃないんだと知らされた。

だけど、この時はまだ何も知らず、あたしは彼と夜を過ごさなくて良くなったことを心底安心していた。


ーー悟られないように…と、笑顔を作った。
『ゆる彼』の久城さんはそれを不思議そうに眺め、「それでいい？」と確かめた。


「いいです。少し残念だけど、夜は今日だけじゃないので…」


ホントは、明日からも少し戸惑う。
だけど、一晩ここで過ごすことができたなら後は何とかなりそうな気がする。


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