『ゆる彼』とワケあり結婚、始まりました。
その早業に手伝う術もなく見つめてたあたしは、ハッと我に返って近寄った。



「着せてくれる?」


手渡されたスーツの上着に袖を通してもらって、背中から肩に引っ掛ける。
これまでも何人かの人に同じことをしたことがある。
でも、この人が一番ドキドキするーー。


「ありがとう」


振り返った『ゆる彼』の笑顔にトロけそうになる。

幸せを感じる瞬間、彼の言葉があたしを突き放す。



「じゃあ、行ってくるから」


戦地に向かう戦士を見送るような気持ちって、きっとこんななのかもしれない。
幸せの絶頂から不幸のドン底に突き落とされるような感覚。
みぞおちの辺りが重くなる。

それを知ってか知らずか、『ゆる彼』はあたしの頬を包んだ。

さっきとは違う濃厚なキスを繰り返されて、あたしの唇が離されていく。
その手をぎゅっと握りしめて、あたしはミントに似た香りを忘れないでおこう…と誓った。



……今日からこの人があたしの旦那さん。


『ゆる彼』に包まれて幸せになる……そうなれると信じ込んだーーー。





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