〔B L〕朽ちた無花果
«佐那斗side»
『ごめん佐那斗君!
少し出てくるね!』
行くな。
そう、言いかけた。
どうして俺が引き留める?
そんな理由どこにもない。
どうせすぐ帰ってくるのに、なぜ?
でも、言えなかった。
行くな、なんて。
言えない。
(なんだ、これ…)
どうしてこんなに、胸が痛いんだ。
『晴さん…』
あの男の声が頭から離れない。
晴さん、晴さん、晴さんって。
あの医者もあの医者だ。
なんで馴れ馴れしく呼ばせてんだよ。
あんたの名前は俺が…
いや、呼んだ事なんて1度もない。
「ハル…さん。」
独りきりの診察室で、呟いてみた。
ここで独りになるのは初めてだからなのか、ぽっかりと穴が空いた気分だ。
その穴がなんなのか、俺はまだ知らない。