嘘つきスノウ 〜上司は初恋の人でした〜
「ん?席に戻らないの?」
「あ、戻ります」
少しの間、ぼんやりしていたらしい。慌てて足を踏み出そうとしてつんのめった。
腰に回される固い腕。
刹那、男性用コロンの仄かな香りに包まれる。
「・・・・・っぶねーな。大丈夫か?」
「ごめんなさい、ありがとうございます。そそっかしくて・・・・・」
離れていく腕と、香り。
襲ってくる胸の痛み。
気付くな。
記憶の奥底に捨て去った、甘酸っぱくて切ない気持ちなど。
気付く前にビリビリに引き裂いて、今度こそ捨てて取り出せないくらい深く埋めてしまえ。
自分に言い聞かせた。
金曜日の夜、明日は休日だという気軽さが二次会へと皆の気持ちを向かわせる。
飲めないわたしは丁寧に誘いを断って、家路へとついた。