⁂初恋プリズナー⁂
明日は大事な合コンがあるから、自分の仕事プラスその作業で残業になるなんて嫌よ、と念を押されてしまった。
あはは、河原さんは今日も通常運転、絶好調。
「彩名ちゃん帰らないのー?」
「あ、今帰りま~すぅ」
男性社員に声を掛けれて、さっさとフロアを出て行ってしまった。
仕方ない。
名刺ファイルを広げパソコンのメーカーさんの名刺を探し、電話をする。
メーカーの就業時間が終わる時間だから、来てくれるか不安だったけど、今の仕事がまだ終わらず。
これが済んでからでも良ければと快い返答を頂いた。
私的には来てくれるだけでも有難いので、電話口で頭を下げながら(見えなくても気持ちが大事)低姿勢でお願いした。
それからすぐにスマホを取り出してラインを開く。
今日、帰りに颯ちゃんちに寄って夕食を作る予定だったから、残業の状況報告と、申し訳ないけど夕食は自分で済ませてもらうように連絡を入れる。
嘆息するとすぐに返信がきて、『俺の事は気にしないで。仕事終わるころ迎えに行くから、きりのいいとこで連絡下さい』と書かれていた。
優しいなぁ。
お礼の返信をして、鞄からポーチを取り出す。
メーカーさんが来るまで作業の進めようがないので、時間の有効活用にメイクしちゃいましょう。
フロアには誰もいないし、仕事が終わってからメイクしてたら帰る時間がますます遅くなっちゃうもんね。
更衣室でりこ用の服に着替えも済ませ、メイクを施す。
極力素顔を見ないように施すメイクにもだいぶ慣れて、りこメイクも随分スムーズに出来るようになった。
マスカラで睫毛の微調整をしていると、丁度メーカーさんが到着した。
ドアをノックし入室してきたメーカーさんは、申し訳なさそうに頭を掻き頭を垂らす。
「遅くなってすみません。帰宅ラッシュにはまってしまいまして……」
「いいえ、此方こそ遅くに申し訳ありません。助かります」
相対して、私もお辞儀して顔を上げると、メーカーさんは瞳を大きく瞠った。
「あ、あの、お電話いただいた、くろ、黒川さん、ですか?」
「はい」
メーカーさんは緊張気味にどもり、ハンカチで額を拭っている。
夜とはいえ、外は熱帯夜だ。
暑い中、しかも時間外なのに修繕をお願いしてしまい、なんだか悪いなぁ。