⁂初恋プリズナー⁂

勇気を出して、開きっぱなしの扉からこっそり覘き込んでみたんだけど……。

あの男性らしき姿が見当たらない。

出社前かな?

誰かに聞いてみようか……。

あ、そう言えば、名前知らなかった。

廊下で、始業時間ギリギリまで待ってみたけど、結局姿を現さず、ハンカチを返すことは出来なかった。

月末近いし、もしかしたら、営業先の病院や薬局に直行しているのかもしれないな。

だけど、お昼になっても社食でも会えず。

3階のレストスペースでも会えず。

今日は、ずっと外回りをしているのかな……。

確かに、医薬品会社のMRは大変だと思う。

会社の看板商品のグロス(総額)のノルマもあるし、今は最近うちから出た新薬の新規採用施設の拡大も図らなければいけないし。

月末近くなれば、つめもあるし、ドクターや薬局を回って直接お願いに回るのだ。

会社の看板商品のグロス(総額)のノルマもあるし、今は最近うちから出た新薬の新規採用施設の拡大も図らなければいけないし。

夜も接待で、アチコチ行ってるのが提出される領収書から見受けられるし。

人見知りの私には、絶対向かないし出来ない。

この様子だと、暫くハンカチを返すのは難しいかも……。

午後の業務をこなしながら、諦めかけていたのに。

まさか、あちらからやって来るとは、想像もしていなかった。



終業を告げる音楽が流れ、それぞれ区切りのいいところでPCの電源を落とし帰宅の準備を始める。

私も、シャットダウンをクリックし、デスクの一番下の引き出しから貴重品の入った小さな鞄を取り出す。

その鞄から飛び出す小さな袋に視線を落とすと、小さなため息が出た。

結局、今日はあの男性に返す事が出来なかった。

帰りにもう1度だけ、営業課をのぞいてみよう。

そう決意し、完全に電源が落ちたのを確認して椅子を引くと、タイミングを計ったかのように隣の席から、野村さんに声を掛けられた。


「黒川さん、この後予定ある?」

「えっと……」


予定があると聞かれれば、ある。

営業課に行くくらいだけど……。
< 33 / 261 >

この作品をシェア

pagetop