⁂初恋プリズナー⁂
知らない。
知らない、知らない、知らない。
そんな事、リリーは何も聞かされてない。
「そう……なんですか」
「もし気に入ればこのまま俺が住んで良いって言われたけど……。勿論その時は購入費用は全額祖父に返済するけどね。俺的には将来戸建てが欲しい方なんだけど、そのへんは一緒に住むパートナーと相談してって感じかな」
パートナー……。
にっこり微笑む颯ちゃんに、胸が抉られるような痛みが走る。
もしかしたら、此処に婚約者と住む可能性があるって事よね?
見渡す部屋は一人暮らしには広く、解らないけどまだ幾つか部屋がありそう。
フローリングや壁、家具は白とブラウンで統一されてて落ち着いた雰囲気だ。
ソファにテーブル、テレビ、観葉植物。
雑貨とか表に出すのが嫌な颯ちゃんらしいシンプルな部屋だ。
とりあえず、ソファに座って放心状態でいると、マグカップに入ったココアを手渡された。
颯ちゃんは隣に座ると、缶ビールをグラスに注ぎ、一気に飲み干す。
なんとなく、生活に必要な物が揃えられている雰囲気に、両手で包んだマグカップに入ったココアが小さく波打っていた。
部屋を借りるなんて、そんな素振り。
毎日一緒に居て、借用の話題なんて全くあがってこなかったのに……。
「篠田さん……。私……帰り、ます」
声が震える。
でも、新婚の新居になるかもしれないこの場所は居たくない。
視界に入る家具だって、噂の婚約者と一緒に選んだ物かと思うと嫉妬で気が狂いそうだった。
「待ってっ」
鞄をもって立ち上がり、部屋を早々に出ようとドアに手をかけようとしたところで強く肩をつかまれた。
「ヤダっ。離して!」
肩の手を振り払うと、今度は大きな身体に抱きとめられる。
その胸を押し返そうと手で押しても、力の差は歴然でビクともしない。
身を捩ったり、出来る限り胸元を叩いて拒絶を伝えても、抱きしめられた身体に力を込めれるだけだった。
押しても、ダメ引いてもダメ。
此処には居たくないのに、拘束も解いてはくれない。
颯ちゃん、苦しいよ……。
胸が苦しくて、苦しくて、苦しくて、痛いよ。
知りたくなかった。
香織さんの存在も、こんなに辛くて苦しい気持ちの理由も、何も知りたくなかった。