雨の繁華街
なにも可笑しいことなんてない、当たり前じゃないか。けれども何故か胸に棘が突き刺さったように心が冷えきってゆく感覚。
ショックだとか苦しいなんて、そんなことを感じる必要も何も俺には全くないのに。
「咲ちゃんどうかしたの?すごい百面相になってるけど…」
俺より少し背の低い彼女。だからこそ当たり前だけれど、顔を覗き込むようにして様子を燻しんで窺っている。
きっと勘の鋭い彼女だ、俺の一喜一憂を見抜くかもしれない。
「あ、ごめんごめん!ちょっといいフレーズが思いついて…。ちょっと風呂でゆっくり考えてくるね」
そう思えば、口から自然に出任せが出る。なるべく彼女の顔を見ないようにして横をすり抜ける。悲しいけれど、横から薫る彼女の香りはあの切なげで街を過ぎて行ったあの時の彼女と同じものだった。
「…」
自分を保つだけで精一杯だった俺は、その背後から彼女がまたあの瞳を浮かべ憂いていたなんて全く気付きもしなかった。