冷たい舌
 つい声の主にそう話しかけると、彼女は、キッと透子を見据えた。

 あんたなんかに何がわかるのよ。

 わたし、他の誰に言われても、あんたにだけは言われたくない……っ!

 こんな激しい憎悪の念を向けられたのは初めてだった。

 そして気づいた。
 この感じ。あの花の―

 ああ、貴女だったのね。

 透子は淵を穢した彼女を、怒りよりも切なさで見つめてしまう。

 とぐろを巻くようなどす黒い憎悪が何処からともなく現れ、透子を終わりなき深遠へと引きずりこもうとする。

 透子はその果てない闇が、変化した淵の意思だと気づいた。

 これが邪心にとりこまれた後の淵!?

 何もかもを呑み込む無の世界。

 これは……絶望?

 いったい、誰の?

 そう思い、透子は淵の意識に、自分の意識の触手を伸ばそうとする。

 そのとき、何かが透子の心を絡めとった。

『誰の絶望かって? 決まってるじゃないか』

 それはよく知っているものの声だった。
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