冷たい舌
逢魔が時の龍神ヶ淵には、オレンジの光が靄のように立ち込めていた。
見慣れているはずの透子も、つい足を止めて眺め入る。
龍神とは、神と人とを結ぶ自然の気であるという説があるが、それは本当かもしれないと思った。
圧倒的な景色の前に、人はいつも神を感じとる。
神域というのは、荘厳な光景を見せるタイミングの多い場所のことかもしれないと、ふと思った。
そのとき、祠の前に、小さな何かがあるのに気づき、目を細めた。
透子は生まれた落ちたその瞬間から目が悪かった。
コンタクトを入れるようになるまで、透子の知る世界はいつもぼんやりとぼやけていた。
だが、常に現実とは違う世界の狭間に居るようなその感じが、自分には相応しいように思えて、必要なとき以外、今も裸眼のままにしていた。
視力が悪いと光は少し広がり滲んで見える。
その夕暮れ時の光の中を、透子は祠に向かって歩いていった。
古びた石の祠の前に、小さな白い花弁の野の花が一輪、供えられていた。
その花が妙に力なく見え、透子は思わず手を伸ばす。
「触るな」
背後からした鋭い声に振り返ると、和尚が立っていた。
その目線は花の辺りを向いている。