冷たい舌
 ざわついた祭りのなかで、その声は何故か浮いたように透子の耳によく聞こえた。

 振り返った透子の手が止まる。

 加奈子が立っていたのだ。

 一瞬にして場が凍ったことに、龍也も気づいたらしく、それを拭おうとでもするように、わざと軽い口調で言った。

「恋愛成就には、あんまり此処、効き目ありませんよ」

「―わかってるわ、そんなこと」

 加奈子は笑わずに、透子を見ていった。

 透子は少し迷って、加奈子の前に膝をつく。

「加奈子さん、あの……」

 加奈子にどうしても忠告しておきたいことがあったのだ。

 それを自分が言うのは得策じゃないとわかっていても言わずににはいらなかった。

 だが、そんな透子の肩を引いたものがいた。

 見上げた加奈子が白い装束の和尚に目を見張る。

「……和尚」

 呟く透子の声を押し退けるように、和尚は加奈子に言った。

「忠尚なら、此処には居ないぞ」
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