冷たい舌
「誰かが淵に願掛けしてるんだ。
 邪念に当てられるぞ」

「願掛け?」

 透子はしゃがみ込み、改めてその小さな花を見た。

 どんな願いか知らないが、それを受けるにはちょっと力ない存在に思えた。

 願いに供物が負けている。

 その余剰分は何処へ行くのだろう。

 そう思いながら、淵に視線を流すと、和尚の声がした。

「今どきわざわざ、こんな鬱蒼とした山の中まで来て龍神に願いをかけるなんて、ろくなもんじゃないないさ」

 そう決め付け、祠の前から退けようとしたようだったが、花に触れた途端、和尚は何かに撃たれたように顔をしかめ、手を放す。

「和尚っ!」

 淵に落ちたそれは、願掛けを助長することになってしまうかもしれないが、そんなことより、手を押さえている和尚を気遣い、声を荒げた。

「大丈夫っ?」

 水面に浮いた花はゆっくりと下流へと流れていく。

 口の中で微かに呟き、印を切った。

 余計なことをすると嫌がるので、和尚に気づかれないようにそっとやる。

「願掛けの主の念が強すぎる」

 消えていく花を見送る透子の後ろで、息をついた和尚が言った。

「なんの願いなの?」

「……お前が知ることはない」

 和尚の顔は裸眼で尚、はっきり見える。
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