冷たい舌
「ああ、なるほどね。
 外見に無頓着なあんたが、急に何をとち狂ったのかと思ったわ。

 でもそうね、長い方がインスピレーションが湧くって言うしね。

 いいかも。
 あっ、じゃあ、それ伸びたら、私、括る係ねっ」

 勢い込んで手を挙げた透子に、なんだ、それ、と和尚は苦笑した。

 その顔に思わず見惚れる。

 荘厳な淵の気配も、オレンジに満たされたこの空気も何も、この人の前には敵わない。

 透子? と和尚が呼びかけた。その長い指先が自分に向かって伸びるのをぼんやりと見ていたとき、ぱしゃんっ、と、何かが跳ねる音がした。

 びくりと二人は動きを止める。

 淵を振り返ったが、何もない。

「……魚でも跳ねたのね」

 自分にも、和尚にも言い聞かせるように呟く。

 いつの間にか、和尚の袖を握り締めていたことに気づき、慌てて手を離した。

「さあって、帰ろっかなー」

 わざと明るくそう言って立ち上がり、背を向ける。もう随分と高くなった陽(ひ)はまだ、落ちる気配もなかった。


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