冷たい舌
「言いふらされても困るしな。しゃべらないような奴しか選んでない」

 さあ、さっさと済ませよう、と女は額に向かって手を伸ばす。

 少し丸めた手の中に、ぼんやりと黒い梵字が浮かんで見えた。

「まっ、待てっ!」

 こいつ、神様なのに、何故、梵字!? と思いながら、和尚はその手を押し返す。

「どうした。怖気づいたのか?」
 人生観変わるらしいぞ、と女は笑う。

「どんな風に……?」
と怖いながらも訊いてみる。

「二度と人間の女の相手はできなくなるそうだ」
「……それもどうだかな」

 いいことなのか、悪いことなのか―
 待て。そうじゃなくて。

 ようやく正気に返り、和尚は問うた。

「違う。そういうまやかしじゃなくて、その、お前が本当に俺を好きになってくれることはないのか?」

 女は少し考えたあとで、それは無理だ、と言い切った。

「私は、すべての物を愛するよう定められたもの。

 特定のものを愛することは出来ない。そういう感情はないんだ。
 人とは違う意味で制約を受けている」

「では― お前が人になることはないのか?」

「そうだな。たまにはな。だが、それには人の許可が必要だ―」
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