冷たい舌
 此処の神楽は面はつけないのだが、この位置からでは顔など見えはしない。

 それでも、それは、兄、和尚でしかないと感じた。

 この十年、透子一人が守ってきた舞台に入り込んできたもの。

 それは、かつて彼女とともに、神楽を彩っていた幼い龍神―

 今、大人になった青龍が舞台に蘇っていた。

 人込みに埋もれるようにして、忠尚は息を詰めて舞台に魅入っていた。

 知らず握り込んでいた掌が汗ばむ。

 夏が始まろうとしてるこの季節は、夜とは言っても、むっとした熱気がある。

 ましてや、これだけの観衆、あれだけの炎の後だ。

 だが、その熱気が冷えていくのを忠尚は感じていた。

 和尚の手が、すっと横に動く。

 その衣の色だけではない。
 本当に涼やかな気のようなものが夜の帳に放たれた気がした。

 足音ひとつしない。

 神を呼ぶのに、神楽は足音を立てるはずだ。

 だが、和尚の動きはまるで無駄がなく、衣擦れの音さえしていないように見えた。

 神など呼ばない。
 神など必要ない。

 此処では俺が
 この俺が神だ―!

 忠尚にはそんな声が聞こえた。
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