冷たい舌
 現れただけで、空気が変わる。

 いつもとは違う。人を見下すような透子の視線。
 だが人はそれを不快に思わない。

 それが産むのは畏敬にも似た眼差しだけだ。

 今年の舞台はいつもとは違っていた。

 まるで、透子の中の普段は押さえられているなにかが、この舞台の上だけで解き放たれているかのようだった。

 本当に龍神など、この世に居るのか?

 忠尚は幾度となく子どもの頃から思っていたことが、自分の小さな嫉妬心から生じていただけではないのを知った。

 本当に龍神が必要なのか?

 この女が神ではないのか?

 他者を威圧する空気を持つ和尚でさえ、この巫女の前では赤子のようだ。

 平気で人をひれ伏させる透子のオーラが今日は濃度を増しているように見えた。

 それでも、和尚は果敢にも、この、龍神さえ従わせそうな巫女に挑み続ける。

 自分の矮小さを思い知らされた。

 和尚と同じ卵から産まれ、同じように育ったはずなのに、何故!

 俺ではこの舞台の袖にさえ上がれない。

 忠尚は自分の腕を強く握り締めた。
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