冷たい舌
 滑るような透子の動き。
 こいつらは、神を呼ばない。

 いつから― そうだ。
 いつから透子は足音を立てなくなった?

 そう。十年前、透子がひとりで舞うようになったときから。

 最初の年は、まるで何かに怯えるようにひっそりと。

 やがて、それこそが当然であるように。

 そして、今、透子は自由を謳歌するように舞っている。

『少し、遅かったな―』
 そんな声が聞こえた。

 忠尚は辺りを見回す。

 遠い舞台の上からではなく、何処か自分の内から、或いは背にしている巨木から聞こえた気がした。

『少し出逢うのが遅かったな』
 口のきき方は違えど、それは透子の声そのものだった。

 とうとうと落ちる瀧の音。
 眩しい真昼の光が目を射った気がした。

『まあ、気が向いたら、生まれ変わってみたらどうだ?
 お前は、あの男と同じオーラを持っている』

「透子? 透子なのか?」
 忠尚は思わず辺りを見回した。

 だが、息もつかせぬ舞台に魅入る黒い群集が居るだけだった。
< 327 / 396 >

この作品をシェア

pagetop