フキゲン課長の溺愛事情
「ちょっと、啓一」

 璃子の言葉に顔を上げることなく、啓一がくぐもった声で言った。

「璃子、ごめん。別れてくれ」
「……は?」
「ごめん。もうこれ以上、璃子とは一緒に暮らせない」

 啓一の言葉の意味がわからず、璃子は瞬きを繰り返した。

(これ以上私と一緒に暮らせないって……どういう意味……?)

 啓一がいつまで経っても頭を上げないので、璃子は唾を飲んで喉を湿らせてから口を開いた。

「どういうこと……? ぜんぜん……意味がわからないんだけど」

 啓一がおそるおそる頭を上げた。眉尻を下げ、今にも泣き出しそうな顔で言う。

「ほかに……好きな子ができた」
「はぁ!?」

 璃子の口から大きな声が出た。幸いカフェは音楽が流れていて賑やかで、璃子の声に注意を向けた人はいなかった。

「どういうこと!? 三年前、私たちが同棲を始めるとき、『2LDKの部屋だし、これからずっと暮らしていくのによさそうだね』って啓一、言ってなかった?」
「……言った」
「あれはずっと一緒に暮らしていこうって意味じゃなかったの!?」
「あのときは……そう思ってた。いずれ璃子と結婚を……って思ってた」
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