フキゲン課長の溺愛事情
 もっといろいろ言いたい言葉はあるが、言ってしまえば彼との――そして彼の味方をする同期の男子社員との――仲が険悪になるかもしれない。それを考えて、収まらない気持ちのまま唇を噛みしめたとき、璃子の肩にポンと誰かの手が置かれた。啓一が驚いたように璃子の背後に視線を送る。同時に璃子も振り返り、すぐうしろに達樹の姿を見つけた。

「藤岡課長」

 璃子は驚いて瞬きをした。達樹はそんな彼女を穏やかな眼差しで見てから、すっと目を細めて啓一を見る。

「繊維研究部の山城くんだな」
「は、はい」

 達樹の突然の登場に戸惑っていた啓一が、緊張したように姿勢を正した。

「聞くつもりはなかったんだが、通りかかったら聞こえてしまった。キミはもう少し、人を見える目を養った方がいい」
「ど、どういう意味ですか」
「強そうに見える人間にだって弱いところはある。か弱いフリをしている人間が本当に弱いとは限らない」
「それはどういう……」

 啓一の言葉に答えず、達樹は璃子を促すように肘に触れた。
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