フキゲン課長の溺愛事情
 その短めの黒髪から見える啓一のつむじを見ながら、璃子は自分の胸の中を渦巻くさまざまな感情と必死で闘っていた。

 別れたくないって言って大声で泣こうか? 浮気者の最低男って罵ってビンタを食らわせようか? 胸ぐらをつかんで相手の名前を白状させようか?

 けれど、そんなことをしても、自分の気が済まないことも、啓一の気持ちが戻ってこないことも……悲しいけれどわかってしまった。

 そして、そんなことを冷静に分析している自分が哀れに思えてくる。

(せめて最後は〝いい女〟で別れよう。そうしたら、もしその彼女と別れたときに、私のところに戻ってきてくれるかも……)

 こんな裏切り者を許せるの?

 冷静な自分の問いかけに、璃子は自分で言い訳を積み上げる。

(だって、部署が違うとはいえ同じ会社だし、同期として友達でいられなくなるのもつらいし……。それになによりこの五年間を嫌な思い出で終わらせたくないもの)

 璃子は顔を上げてフーッと息を吐きだした。店の白い天井を見上げながら、必死で涙を抑える。瞬きを繰り返して涙を散らし、視線を戻して啓一を見た。

「啓一」
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