フキゲン課長の溺愛事情
 璃子のツッコミに、友紀奈の眉がピクリと動く。

「しばらくって言ったらしばらくなんですっ」
「ああ、そう」

 このまま友紀奈と話していても埒が明かないのはもう明らかだった。璃子の中でなにかがぷつっと音を立てた。

(もうこうなったら自力で訳してやる!)

 仕事としての翻訳経験はないが、大学時代に英日翻訳の講義を取っていた。それを少しは役立てられるかもしれない。

「それなら、今回の件はこちらで処理します。どうもありがとう」

 璃子はくるりと背を向けて歩き出した。そうして圧倒的に悪い知らせ――友紀奈が翻訳してくれそうにないこと――と、ほんの少し良い知らせ――璃子が翻訳をするということ――を持って、広報室に向かった。



 その日の夜、璃子は手早くカレーを作って食べた後、リビングのテーブルにノートパソコンを出して、英語版パンフの翻訳に取りかかった。英語で書かれてあることの意味はわかるのだが、それを日本語として読んでわかりやすいものにしなければならない。もちろん内容も正確に伝えなければいけない。
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