フキゲン課長の溺愛事情
「これはだし巻き卵?」
「はい。母直伝です」
「うまい」

 ひと口食べて達樹が言った。柔らかな味付けの料理を食べて、彼の表情がいっそうまろやかになったように感じる。それがうれしい。

「ありがとうございます! 母が結婚前に料理教室に通ったらしくて、料理上手なんです。で、長女の私にあれこれ教えてくれました。『いつお嫁に行っても恥ずかしくないようにって』。行きそびれちゃいましたけどねっ」
「水上……」

 達樹の表情が曇ったので、璃子はあはは、と元気に笑った。

「冗談です。今はもうぜんぜん平気ですよ。あ、課長、この手羽先も食べてみてください。ピリ辛でビールが進みますよ」

 璃子は達樹の方に大皿を押した。

「こんなにたくさん作るの、大変だっただろう?」
「いいえ。今朝の課長と一緒です。誰かのために料理をするのがとても楽しいんです」
「誰かのために、か」

 達樹がぼそりとつぶやいた。

 璃子は、本当は課長のことを考えながら作ったんだけど、と心の中でつぶやいた。
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