フキゲン課長の溺愛事情
「なんだって?」
「だって! 課長は私のことをすぐにおもしろがるし、食べ物で釣ろうとするし……」

 璃子がブツブツ言うのを聞いて、達樹が片手で前髪を掻き上げた。

「プリンやジェラートの話は水上が喜ぶかも、と思って持ち出しただけだ。気を悪くしたのなら謝る。子ども扱いしたつもりはない」

(子ども扱いしてないとしても、大人の女性扱いもしてないくせに)

 璃子はおもしろくない気分で窓の外を見た。

 やがて達樹の言った通り、十分もしないうちにクリーム色の外壁の町営温泉施設が見えてきた。三十台分ほどのスペースのある駐車場は半分くらい埋まっていて、達樹は施設に近い場所に車を駐めた。

「課長はこの温泉に来たことあるんですか?」

 璃子は車を降りて達樹に訊いた。彼は車をロックして言う。

「一度だけな。ストックホルムに赴任する前、仕事で付き合いのあった人たちに挨拶に来たときに、エコハウスに泊まって温泉も利用した」

 璃子は達樹と並んで自動ドアから中に入った。入口で料金を払って、スリッパに履き替える。
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