フキゲン課長の溺愛事情
 肩まで浸かって、温泉を囲う大きめの石に頭を預けた。檜の屋根が切れたところから、薄い雲に覆われた淡い青空が見える。

(この二週間、本当にいろんなことがあったなぁ……)

 啓一に別れを切り出されてからのことを思い返した。もう彼のことを思い出しても涙が浮かばないことに、ようやく吹っ切れたんだとホッとする。

(でも、ゴールデンウィークには実家に帰って、別れたことを報告しなくちゃいけないよね……。住むところはどうするんだって訊かれるだろうなぁ。どこに引っ越したことにしよう。勢いと流れで課長とルームシェアしてることを正直に話すわけにもいかないし……)

 どうしたものかと悩み始めると憂鬱になってきて、あわてて頬をペシペシと叩いた。

(ややこしいことを考えるのは今はやめよう。せっかく温泉に来たんだから、ゆっくりほっこりしよう)

 目を閉じてふぅっと息を吐いた。掛け流しの湯が流れてくる音を聞きながらのんびりしていると、女の子の声が聞こえてきた。

「ママぁー、そろそろ上がろうよ~。きっとパパが待ちくたびれてるよ」
「大丈夫。パパは『好きなだけ楽しんでおいで』って言ってたでしょ」
< 186 / 306 >

この作品をシェア

pagetop