フキゲン課長の溺愛事情
 達樹がなにも答えないので、璃子の声が消えた車内には、オーディオから流れるバラードだけが漂っている。その曲がかかっているのは偶然だけど、今の夕焼けにすごく似つかわしく感じた。

 達樹が小さく息を吐いた。

「二度も言われたら、気になるか」
「気になります」

 璃子が即答したので、達樹が苦笑した。

「水上は正直だな」

 達樹は右手の指先でハンドルをトントンと叩いた。

「わかるだろうけど、前の恋人だ」
「前って?」
「ストックホルムに赴任する直前まで付き合ってた。一緒に住んでたんだ」

 璃子はやっぱり、と思った。あのピンクのカーテンもおそろいの食器も、すべてその石川という女性が使っていたものだったのだ。

「石川……美咲さん、ですか?」

 璃子の問いかけに、達樹が一瞬彼女に視線を投げた。

「起きてたのか」
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