フキゲン課長の溺愛事情
今朝のことを言っているのだ、と璃子は気づいた。
「はい」
「そうか……。柳瀬さんは仕事がらみで美咲に会ったことがあって、当時、俺たちが恋人同士だと聞いたんだ。それを覚えていて、今日訊いてくれたんだろう」
達樹はそれだけ言って黙ってしまった。信号で停車したときに、璃子は口を開く。
「課長が『泣かせた』って言ってたのは、その石川さんなんですよね?」
「こんな話、聞いたってつまらないだろう」
達樹が助手席を見た。逆光のせいで表情はわからないけれど、璃子は彼の口調に苦いものを感じ取り、ゴクリと喉を鳴らして言う。
「つまらなくありません。気になるんです。こんなに私によくしてくれる課長が……女性を泣かせたことがあるなんて、とても信じられません」
達樹はもう一度息を吐いた。右手で前髪をくしゃりと掻き上げ、視線を正面に戻す。信号が青になってアクセルを踏んでから、低い声で話し始めた。
「彼女は……美咲は……OSK繊維開発が吸収合併した産業繊維開発企業の取引先の社員だ。出会った当時、俺は新入社員で、美咲は三歳年上だった」
達樹が年上の女性と付き合っていた、ということに少し驚いたが、璃子は黙ったまま耳を傾けた。
「はい」
「そうか……。柳瀬さんは仕事がらみで美咲に会ったことがあって、当時、俺たちが恋人同士だと聞いたんだ。それを覚えていて、今日訊いてくれたんだろう」
達樹はそれだけ言って黙ってしまった。信号で停車したときに、璃子は口を開く。
「課長が『泣かせた』って言ってたのは、その石川さんなんですよね?」
「こんな話、聞いたってつまらないだろう」
達樹が助手席を見た。逆光のせいで表情はわからないけれど、璃子は彼の口調に苦いものを感じ取り、ゴクリと喉を鳴らして言う。
「つまらなくありません。気になるんです。こんなに私によくしてくれる課長が……女性を泣かせたことがあるなんて、とても信じられません」
達樹はもう一度息を吐いた。右手で前髪をくしゃりと掻き上げ、視線を正面に戻す。信号が青になってアクセルを踏んでから、低い声で話し始めた。
「彼女は……美咲は……OSK繊維開発が吸収合併した産業繊維開発企業の取引先の社員だ。出会った当時、俺は新入社員で、美咲は三歳年上だった」
達樹が年上の女性と付き合っていた、ということに少し驚いたが、璃子は黙ったまま耳を傾けた。