フキゲン課長の溺愛事情
 璃子は人目をはばからずに泣ける場所を探して、辺りを見回した。改札奥のエレベーター横に女性用トイレの表示がある。

(そうだ、トイレ……)

 ショルダーバッグから定期入れを取り出したとき、うしろから名前を呼ばれた。

「璃子?」

 ハッとして振り向くと、目の前に啓一がいた。日曜日だというのに、ワイシャツにスーツのズボンという格好だ。

「なんで……啓一がこんなところにいるの?」
「璃子こそ」
「わ、私は忘れ物を届けに……。啓一は?」
「俺は……なんていうか……ひと言では説明しにくいよ」

 啓一がため息をついて肩を落とした。

「璃子、どこかでお茶でも飲まないか?」

 今さら啓一と仲良くコーヒーを飲みたいとは思わなかった。けれど、達樹の部屋に帰りたくない、という気持ちの方が勝った。

「いいよ」
「じゃあ、あそこのカフェはどう?」
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