フキゲン課長の溺愛事情
「そうなの? 私たちが子どもの頃は、いつも『仕事、仕事って言って、帰ってくるのが遅い』とか、お母さん、文句を言ってなかったっけ?」

 璃子の言葉に母が小さく微笑んだ。

「まあね。でも、帰ってきたら必ず小さなあなたたちの寝顔を見て、私の子育ての愚痴とか学校の行事のこととか、いろいろ聞いて労ってくれた。それだけで、ずいぶん違うものよ」

 母が言って父の方に視線を向けた。

「そうなんだ……」

 璃子もつられて父の方を見た。父はすっかり酔って、達樹と機嫌よくしゃべっている。

「やはりなぁ! 下の者には見えないかもしれんが、上に立つ人間にもそれなりの苦労はあるんだよ!」

 印刷会社で部長を務める父が言って、ふと璃子に視線を移した。目が合って、璃子はドキリとする。

 父はしばらく璃子を見ていたが、真顔になって達樹に視線を戻した。

「璃子が室長になったことを、親として誇らしく思うと同時に、心配してもいます。苦労するんじゃないか、とか」
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