フキゲン課長の溺愛事情
 啓一よりもずっと低い声に、璃子の息が止まった。

(え)

 啓一じゃない、ということだけはわかる。驚きのあまりその場で硬直していると、璃子の唇に触れたままの相手の唇が、また動いた。

「昨晩、おまえが『ひとりになりたくない』と言って泣いて俺にしがみつくから、こうして添い寝をしているだけだ。それ以上を望まれても困る」

 璃子は固まったままの腕にどうにか力を入れて、そろっと唇を離した。薄闇の中、目を凝らして相手の顔をまじまじと見る。額にかかる乱れた長めの前髪、感情の読み取りにくいキリッとした目もと、すっと通った鼻筋、やや薄めの唇……。

「まさか」

 璃子は反射的にベッドの上で正座をした。相手の男性もゆっくりと起き上がり、ワイシャツとスラックス姿でベッドの上であぐらをかいた。

「ふ……藤岡課長!?」

 薄明かりに慣れた目に、見慣れた無愛想な顔が映り、璃子は一気に目が覚めた。頭をぼうっとさせていた二日酔いさえ醒めた気がする。

「な、な、なんでっ……!?」

 達樹がため息をつきながら前髪を掻き上げた。

「その様子じゃ、おまえは昨日の悪行の数々を覚えちゃいないんだろうな」
「あ、悪行!?」
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