フキゲン課長の溺愛事情
「なにもありませんでしたよね?」

 うかがうように達樹を見ると、彼は考えるように手を顎にあてた。そのまま彼がじぃっとしているので、璃子は不安になってきた。

「課長……?」
「あれをなにもなかったとは言えないな」
「ええぇっ」

 璃子の顔から血の気が引いた。

「ひどい! 酔って意識のない部下に手を出すなんて……藤岡課長がそんな人だとは思いませんでしたっ!」

 璃子の言葉に、達樹は一度瞬きをして目もとを緩めたかと思うと、片手を口に当てて肩を震わせ始めた。声こそ出していないが、笑っているようだ。

「課長?」

 璃子が怪訝な目で見つめているのに気づいて、達樹は手を離した。笑みを含んだ目で璃子を見る。

「手を出したのは水上の方だろう」
「わ、私っ!?」

 目を見張る璃子に、達樹は人差し指で軽く自分の唇を叩いてみせた。

「ここに」
「あ」
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