フキゲン課長の溺愛事情
 なにか言い返したかったが、なにも思い浮かばず、璃子は金魚のようにパクパクと口を動かしただけだった。

「ともかく、月曜日には青葉に謝っておけ」
「はい……。あの、いろいろとご迷惑をおかけしたようで、本当に申し訳ありません」
「済んだことだ、気にするな」

 そう言われても恐縮してしまう。璃子が肩身の狭い思いでベッドに縮こまっていると、達樹が軽い口調で言った。

「もうすっかり目が覚めてしまったな。朝飯でも食おうか」
「あ、いえ、その、私は今日はこれで……」

 璃子がベッドから下りようとしたとき、達樹が璃子の左手首を掴んだ。ドキッとして璃子はその場に固まる。

「あれほど部屋に帰りたくないと言っていたのに、どこに行くつもりだ?」
「えーっと……どこかのカフェでモーニングでも食べて……時間を潰して……」

 帰ります、と言おうとしたけれど、言えなかった。啓一との思い出だらけの部屋に戻る勇気はまだ出ない。

「ちょっとこっちへ来い」

 達樹が璃子の手首を掴んだまま立ち上がった。つられて璃子もベッドから下りる。

「あの、課長……?」
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