フキゲン課長の溺愛事情
「荷物だけでいいのか?」
「はい。引っ越し先が見つかるまで、私はどこかのビジネスホテルに泊まります」
「一泊何千円もするホテルに泊まりながら部屋を探すより、うちでルームシェアする方が合理的で経済的だと思うが」

 言われて璃子は考え込んだ。

 啓一とふたりで暮らしている間にある程度貯金したとはいえ、これから新しいマンションの敷金・礼金、家賃の前払いをして、引っ越し費用などを出すのは、経済的にも――それに精神的にも――かなりの負担だ。それを考えれば、課長の言う通りだとも思う。ルームシェアを申し出てくれたのが沙織や同期の女子社員だったら、璃子もすぐにイエスと言っただろう。でも、そうではない。

 璃子はおもむろに上司を見上げた。

「課長は……どうして私にそこまでしてくださるんですか?」

 璃子の問いかけに、達樹はふっと視線をそらした。目を細めてどこか遠くを見ていたが、やがて璃子に視線を戻した。

「……あの部屋にひとりでいるのに慣れないんだ」

 達樹の顔に浮かんだどこか寂しげな笑みに、璃子はハッとした。

(課長が『この部屋が開いている』と言って見せてくれた部屋には、ピンクのカーテンだけが掛かってた……)
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