フキゲン課長の溺愛事情
 璃子は待ち合わせ場所のカフェに入って、カウンターでカプチーノを注文し、それを受け取って窓際のテーブル席に座った。窓ガラスを通して、四月下旬の街の様子が見える。OSK繊維開発のガラス張りのビルを囲う桜の木は、もうすっかり葉桜になっていて、薄曇りの春の空に色を添えていた。

(啓一と付き合い始めたのはゴールデンウィークが終わってからだよね……)

 璃子はぼんやりと外を見ながら、入社してすぐの出来事を思い出す。

 璃子と啓一は同期としてこの繊維開発の大手企業に入社した。国際経済学部を卒業した璃子は、新設されたばかりの環境都市開発部広報室に、理工学部卒の啓一は繊維研究部に配属された。総勢二十名の新入社員は比較的仲が良く、新人同士での飲み会に続いて、次の土曜日に花見に行ったのだ。

(お花見のとき、啓一がレジャーシートに置きっぱなしにしてた缶チューハイを、同期の男子が倒しちゃったんだよね)

 そのときの啓一のおろおろした様子を思い出して、璃子はクスッと笑った。
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