フキゲン課長の溺愛事情
 五年経った今でも昨日のことのように覚えている。啓一は膝から太ももにかけて濡れたチノパンを、そばにあったウェットティッシュで一生懸命拭き始めたのだ。そのぎこちない手つきを見かねて、璃子は花粉症の彼女必携の保湿ポケットティッシュを出して、彼がチノパンを拭くのを手伝った。真っ赤になって恐縮する彼に、璃子は思わず「プルタブを開けた缶をその辺に置きっぱなしにしちゃダメでしょ」と言っていた。それを聞いた別の同期の男子社員に、「おかんみたいだ」と笑われてしまった。

(でも、啓一は次の飲み会のとき、保湿ポケットティッシュをたくさん持って来てくれたのよね~)

『花粉症だったんだよね、ごめん。貴重なティッシュを俺のためにありがとう』

 彼に言われて、璃子は照れながら言った。

『私こそ余計なお世話なことをしてごめんね』
『そんなことないよ。水上さんのおかげで助かったんだ。水上さんって気配りのできる人なんだね』

 璃子には啓一のその言葉がとてもうれしかった。長女気質の璃子は、これまで〝お節介〟だと言われることが多かったからだ。

(あれから啓一のことが気になって、ゴールデンウィークに悩みまくって、連休明けの飲み会で私から彼にアプローチしたんだよね……)

 懐かしいなぁ、あれからもうすぐ五年かぁ。

 そんなことを思ったとき、会社の正門からネイビーのスーツ姿の男性が出てきた。
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