フキゲン課長の溺愛事情
「なーんちゃって、感傷に浸ったりして私らしくない」

 璃子は両頬をペシペシと叩いた。スマートフォンを取り出し、達樹に『荷造り終わりました』というメッセージを送った。

 彼が来るのを待つ間、璃子はリビングのソファに座って膝を抱える。

(もう啓一のことは忘れる! あんなやつのためになんか絶対に泣かない!)

 けれど、いくらそう言い聞かせても、五年もの想いがそう簡単に消えるはずもなく、熱いものが込み上げてきた。

「くぅー、悔しい。呪いを残しておいてやる」

 わざとふざけて魔女のように指を折り曲げ、念を送ってみた。それで気が晴れるはずもなく、気を紛らせようとセミロングのストレートヘアをくしゃくしゃと掻き回す。

「ああ、もう。課長ってば遅い!」

 厚意で迎えに来てくれる上司に対して文句を言う。忘れ物がないかもう一度チェックしようかと立ち上がったとき、部屋のインターホンが鳴った。

 モニタを見ると達樹が映っている。

「課長、今開けます」
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