フキゲン課長の溺愛事情
「忘れ物はないか?」
「忘れ物……」

(置いていけるなら、啓一への気持ちを置いていきたいよ……)

 そんなことを思いながらぐるりと部屋を見渡した。

「パソコンデスクはいいのか?」
「はい。啓一が使うと思います」
「割れ物はなかったようだが、食器類は?」
「それも置いて行こうかなと」
「そうか……」

 達樹が目を細めて璃子を見た。けれど、いつものように鋭い眼差しではなく、気遣うようなやさしい目つきだ。彼が本当にいいのか、と問うように首を傾けるので、璃子は考え直した。

「あ、でも、捨てられたら嫌だから、やっぱり持っていきます。すみません、ちょっと待っててください」

 璃子は急いでキッチンに向かった。おそろいのマグカップや茶碗などは、置いていってもきっと友紀奈に捨てられるだろう。お気に入りのものもあるのに、それは悲しい。

 いくつか厳選して新聞紙にくるみ、ビニール袋に入れた。改めてリビング・ダイニングを見る。
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