フキゲン課長の溺愛事情
(啓一だ)

 少しうつむき加減で横断歩道を渡っている。その緊張しているような様子を見て、璃子の頭に沙織の言葉が蘇ってきた。

『実はプロポーズするつもりだったりして』
『仕事が忙しくてすれ違いがちになって、改めて璃子の大切さに気づいた、とか』

(そっか、そっかー。やっぱり啓一は私がいないとダメなんだよねー)

 どんなにこらえようとしても顔がにやけてしまう。だらしなく緩んだ顔を隠すように頬杖をついたとき、啓一がカフェの自動ドアから入ってきた。店内を見回して璃子を見つけ、足を止める。彼が唾を飲み込むのが、喉仏が上下するのでわかった。

(そんなに緊張しなくても)

 璃子は彼に向かって小さく手を振った。

「啓一」

 啓一が大きく息を吸って、璃子のテーブルに近づいてきた。そのまま座らずに立っているので、璃子は向かい側の席を片手で示す。

「どうしたの? 座れば?」
「あ、う、うん」

 啓一はぎこちない動きで椅子を引いた。そして浅く座ったかと思うと、いきなりテーブルに両手をついて頭を下げたのだ。璃子は思わず目を丸くする。

(プロポーズするのに頭を下げるなんて聞いたことない)
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