B級恋愛
市川からしてみたら下らなすぎるくらいの下らない話だが彼女からすれば 重要なことなのだろう。禿が増えるという事が。
いくら個人差があるとはいえ…
市川はコーヒーの最後の一口を飲み干して溜め息をつく。

「そこまでして義理弟を嫌うかねえ…」

ポツリと市川が呟いた。

市川と別れ家に戻るとすでに妹夫婦は帰ったあとで有名な土産が置いてあった。すぐさま愛犬の散歩に向かう。風は時折初夏の香りを運んでくる。乾いた特有の香りを。立ち止まり胸一杯にその香りを吸い込む。愛犬が顔を上げ「どうしたの?」と問いかけるような表情で杏子を見つめる。屈み込んで視線を合わせると愛犬の頭を力強く撫でた。

2階の自室に隠る。ヘッドホンをして最大の音量で聞く。リアルから自分を引き離す。
大好きな歌手の大好きな声。脳内に叩き込む。甘い囁きに似た声。絶対に歌詞内容の言葉をリアルの男共はくれはしない。もっとも…今の杏子にそんな男がいないというのが現実なのであるが…
だからこそ求めてしまうものなのだろうと解釈をした。
リアルから自分を切り離す行為は杏子にはなくてはならない時間だ。杏子が杏子らしくいるための―――
ふと携帯を引き寄せて時間を見る。夜10時を回っている。

(そろそろ寝ようかなあ…)

こんなことを思いながら携帯を閉じて布団の中に潜り込んだ

―――――――

遠くで玄関の戸が開けられた音を聞いた。弟が帰ってきたのだろう。
杏子の意識はその音を最後にきいて消えた
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